高校生が対面する母の死について
みなさんは近しい人の死というものを体験したことがありますか。
僕はまだ高校生の身であり、実際に経験した最後の死は、父方の祖父の死。中学2年の頃だったと思う。
父方の祖母はその1年前に亡くなっており、祖父はそれを追う形で亡くなった。祖母は、60代前半というとても若い時に亡くなり、祖父はそれはもう悲しんでいたことを覚えている。
今日、僕は晩御飯を食べ終わった後、母親がガンの可能性があると聞かされた。それはまだ確定ではないけれど、おそらくガンだろうと。
子宮のあたりに異常があるらしく、子宮あたりのガンとのこと。
その時、僕はそれほどショックを感じなかった。確かに、最近、長生きすると宣言していた母親が妙に死について考えるようになっていた。
母親は、もし死んだ時のために姉に手料理ノートを残していた。母親の手料理は僕らの家族の思い出であり、そこには母親の愛があることを知っていたから。
前に、母親と二人きりの時にこんな話をされた。
「この手料理ノートに、お姉ちゃんへのメッセージを残してあるの。」
あの強気で根性のある母親の行動とは思えなかった。もしかしたら、余命宣告なんてされてるんじゃないかと頭をよぎる。だけど、昼間から酒は飲むし、タバコもやめない。そんなことはないだろうと話半分で流した覚えがある。
だけど、今日話を聞かされて、確信する。母親は”死”を意識し始めていた。
そして、僕も”母親の死”について初めて意識させられた。
僕は母親にとても愛されており、母親は常々「私の最高傑作だ」なんて語っていた。そして、僕自身も、この世の女性で母親ほど尊敬できる人はいないと断言できる。
そんな人物の死、考えるのは僕が就職して結婚した後だと思っていた。
祖父の死後、遺品を整理していると、一つの作文用紙が出てきた。そこには、7ページにわたる祖母と祖父のガンについて、そして死について書かれたエッセイがあった。作者は祖父だった。
祖父は生前、小説家をしており、祖母が亡くなった際に祖母の絵(祖母は画家だった)をまとめ、コメントを残したエッセイを出版していたこともある。
そんな祖父の闘病日記とも言えるエッセイに、僕は目を通した。
そこで面白い話が載っていた。
祖父は前立腺癌であり手術で陰茎を切断していた。天皇陛下と同じ病気であり、そのことについてこう書いてあった。
夢を見た。
「天皇陛下! 私も共に旅立ちます!」
「いや、もうチンは立たんよ」
起きた私は、一人でに病室で笑っていた。
しょうもな、とその時は思った。だが、ガンであるからとはいえ男の象徴を切断する恐怖、そして死への覚悟というのはどれだけの物なのか。
高校生でその死について語ることは少ない。だけど、この機会に、僕は考える時間ができた。
もし、もう少し考えがまとまったら、またブログを書こうと思う。
それと、その祖父のエッセイも載せれたら幸いだと考えている。